生まれ育った街の鴉の宮と澪標住吉神社の夏祭り。
31日が宵宮で1日が本宮。
昔、伝法は「北」と「南」の町名があって、布団太鼓が練り歩く。
北は2丁目と5丁目は街中に、3丁目は住吉神社に
南は1基、鴉の宮に布団太鼓を持ってた。
お隣の高見町には枕太鼓が練り歩く。
子供の頃は炎天下、太鼓を引っ張り練り歩いたものです。
一時、子供のが少なくなったのか、引っ張る子供の数がめっきり減ってた。
今年はどうかな。
3丁目・2丁目の太鼓を担ぎ上げ、少し遅れて南の太鼓。
鴉の宮の布団太鼓は神社前の坂道を四貫島との境に当たる正蓮寺川に架かる森巣橋の上迄も担ぎ歩き、最終的には暗くなる頃に宮入する。
若者は順番に担ぎ廻ってた。
最終的には「南上」「北上」「北中」と染められた法被を着た男連中が南の太鼓を長時間に亘って担ぎ歩いてた…
そんな伝法の祭りが好きだったなぁ。
コメント
の親分が勤めていました。私の実家は、山車を引く子供たちにみかん水を配っていました。懐かしいです。みかん水は、浦野のおじさんが寄付していただいていました。ラムネ屋さんでしたね。
>漆原博さん
四貫島、商店街に買い物のお手伝いに良く行かされました。
夏の夜にはその商店街に夜店が建ち並んで、輪投げとか金魚すくいとか…
ヨーヨー釣りにスマートボール…色々あったなぁ。
ウラノさん…鉱泉やさんですよね。。